社会派推理小説を代表する清張と勉ですが、両者が、純文学(私小説)への対し方において対照的であったことはあまり知られていません。
一口で言えば、純文学に猛攻撃を仕掛けた清張に対して、もともと自らの中にあった純文学性に次第に目覚めていったのが勉だったのです。
今回はこの二人の社会派推理作家の対照性に焦点を絞ってお話しします。
- 第1回清張の純文学嫌い
- 2024年12月15日(日)午後2時~3時30分
- 清張の純文学嫌いを代表するものと言えば、川端康成の『伊豆の踊子』を〈ひっくりかえし〉た『天城越え』でしょう。〈ひっくりかえす〉というのは、何から何までその逆を行くということです。一高生に対しては鍛冶屋の伜、都会から下田へに対しては下田から都会へ、といった具合です。当時、川端は文壇を代表する作家でしたが、評論家で当時脚光を浴びていたのが若き江藤淳でした。清張はこの江藤に対しても容赦なく矢を浴びせかけます。『砂の器』がその作品ですが、詳しくは会場でお話しします。
- 第2回水上勉の純文学体質
- 2025年1月19日(日)午後2時~3時30分
- 勉のデビュー作が私小説の『フライパンの歌』であったという事実は決定的な重みをもっています。純文学(私小説)とは対照的な社会派推理小説で再デビューしてブームを巻き起こしていた頃も、作中には勉の分身が必ず現れ、寺に修行に出たというあの有名な自伝性があちこちに散見されます。そうであれば、勉がやがて社会派推理小説と訣別して、私小説作家に転じて(回帰して)いくのもうなずけます。今回はそうした勉の歩みを辿りなおしてみたいと思います。
◆講師
- 藤井 淑禎(ふじい ひでただ)
- 立教大学名誉教授
専門は、近代日本文学文化、戦後大衆文化、ミステリーなど。主著は、『小説の考古学へ』『清張 闘う作家』『清張ミステリーと昭和三十年代』『高度成長期に愛された本たち』『名作がくれた勇気』『純愛の精神誌』『望郷歌謡曲考』『御三家歌謡映画の黄金時代』『漱石紀行文集』『90年代テレビドラマ講義』『乱歩とモダン東京』『水上勉―文学・思想・人生』『「東京文学散歩」を歩く』など。